想像力が失われるとき

結論から述べると単純に疲れたときや余裕がないとき、想像力は失われる。

想像力が欠如したときに、無理解という名の断絶が生まれる。 - マボロシプロダクト
http://d.hatena.ne.jp/si-no/20091112/1258038439

この記事を読んで、これまでに色々考えてたことがひとつの形になったのでちょっと書いてみる。


想像力の欠如で色々な悪影響が及ぼされるのは上の記事の通り。しかし、人間はすべての状況に想像力がある訳では無い。例えば常識や固定観念などが想像力を阻害している場合があるが、これも上の記事の通り。では、何故人間は想像力を発揮し固定観念を壊すことができないのか?


私はこれの原因が、こころの疲弊や身体の疲れと密接な関係があると推測している。まず身体が疲れると、肉体が疲弊する事によって、脳や精神あるいはこころに「考える余裕」のリソースが行き届かない状態になってしまう。それにより常識や固定観念がより強固なモノにされ、想像力が失われやすい状況になる。


またこころの疲弊により想像力が失われる可能性がある。人間は他の人間と対話したり、あるいは現象を冷静に観測することにより、常識と固定観念の破壊であり壊すことが出来る。しかし逆に対話や現象を観測することにより、壊されてはいけない部分が壊され、それによりこころに疲弊をもたらす可能性がある。それにより、今まで想像力で見えていたはずの部分が壊され、結果想像力が失われる。


「人間には余裕が必要だ」という理想論こそかざす事はしないが、改めて上記の現象が己に起こってないかを、振り返るか振り返らないかだけでも、正直だいぶ違うだろうと私は思う。