ソラノヲトについて、その2
久々にソラノヲトについて言及したくなったのは、以下の記事を見たため。
ASCII.jp:アニメでも箱庭は作らない 「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」監督に聞く【前編】|渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」
http://ascii.jp/elem/000/000/533/533685/
なるほど、どうりで見てる人のソラノオトに対する反応が微妙な反応になったり、私が過去に『そもそもの「何がやりたいのか」や「作品のウリ」とかが分からない』と思ったわけだ…
まず監督は「現実」として「戦争」を入れてるけど、日本の、主にティーンエイジャー層から見れば、(広い視点から見れば別だが)周囲に「戦争」という「現実」は、逆に現実だと感じづらい。見てる側としては「これは現実だ」といわれても「え?」という反応しかできない。要は「現実」の要素として「戦争」を加えようとすることで、逆にソラノヲトに没頭しづらい状態を作り出してしまっていたという感じ。
まあ、これはインタビューのなかでも触れられてるけど。でも、そんな状態を作り出してまで「現実」の要素を加えたい意思は、ちょっと私には理解できない。
だがしかし、そういう意味も含め「だからこそ」の「アニメノチカラ」なんだろーな、とは私も思う。つまりはオリジナルアニメとして面白い出来にしようとするなら、時代性にあえて逆行してしまうみたいな、ある種の「反骨精神」が必要なのかもしれない。しかしオリジナルアニメというジャンルを作るにおいて、「反骨精神的」な視点で作るってのは、なんていうか、中々できないなーとは思う。
でも、企画会議とかで「箱庭系ほのぼの作品の中で、「現実」としての「戦争」等を入れてリアルさを出しましょう!」って提案しても、普通は「えっ?」って反応が返ってくると予想されるんだけど、この「キカクノチカラ」――アニメノチカラを作る際の企画会議は、一体どうやって進行したんだろう……むちゃくちゃ気になるw
まあ我々の世代(だいたい第三世代)では、庵野エヴァから、ゼロ年代初頭の鬱アニメブームを経てるという「経験」があるので、まだこの状態も「あーなるほど」みたいに頷ける。んだけど、第四世代の人達……特にほのぼの系アニメ好きな人達みたいな、我々が経たような「経験」をしてない人達は、ソラノオトがどう見えたのかは気になる。どうみても闇鍋状態のカオスなモノにしか見えないような気もしなくもないが……(汗
まあ、オチっていうかミモフタモナイ話をすれば、「ほのぼの系アニメ」を見てる人が「ソラノヲト」を見るわけ無いよねー、という。おあとがよろしいようで。え、じゃあターゲットはどこかって? 20代後半から30代前半ぐらいですよ! 販売戦略もDVDオンリーからではなくBD主体な辺り、ホントはティーン世代には目もくれてないんじゃないんディスカー?